フェルメールの妻カタリーナ・ボルネスの苦悩
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フェルメールは1653年21歳の時に、カタリーナ・ボルネスと結婚します。
当時フェルメールが父親の負債を背負っていたため、カタリーナ・ボルネスの母マーリア・ティンスは、
結婚には反対していたそうです。
そしてフェルメールは、生前14人もの子供を儲けましたが、そのうち3人の子供は早くに他界しています。
フェルメールが1675年に他界してからは、妻のカタリーナ・ボルネス一人で11人の子供を育てなければならず、
生活は辛く厳しいものだったようです。
その証拠に、パン屋に対するツケを払うため、
フェルメールの遺作である「手紙を書く婦人と召使い」と「ギターを弾く女」を手放したほどです。
また、同年の1676年にはカタリーナ・ボルネス自ら自己破産を申請したそうです。
しかし、自己破産後も生活は悪くなる一方で、1684年カタリーナ・ボルネスは、子供の重病を訴え、市に援助を求めました。
その願いは聞き入れられ、5年にも渡り援助を受けていたとされています。
その3年後、フェルメールの妻カタリーナ・ボルネスは、波乱の人生に幕を閉じました。
